【シャラポワ・ドーピング問題】ラトビアが牽引するメルドニウム研究 別名をいくつももつ謎の薬に迫る
世界一有名な女子テニスプレーヤーのマリア・シャラポワ選手がドーピング検査でメルドニウム陽性だったと発表した。でも、メルドニウムっていったい何者だ?
スポンサーリンクおそらく、今もっとも世界中で注目される薬、メルドニウム。世界中がこの話題で持ちきりだ。
シャラポワは記者会見で「ファミリードクターからミルドナードと呼ばれる薬を処方され10年前から使い続けていた。国際テニス連盟から知らせを受け取ってから、その薬の別名が(禁止された)メルドニウムだと知った」と語った。
実はメルドニウムには別名がさらに2つある。3-(2,2,2-トリメチルヒドラジニウム)プロピネート(略称 THP)とMET-88。なんともややこしい話だが、世界アンチドーピング機関の禁止リストに乗っているのはメルドニウムのみになる。
メルドニウムは1970年代に動物や鳥の成長を促す物質としてラトビア有機合成研究所で開発された。血液の循環を促進するため心筋梗塞や狭心症、心筋症などの治療に旧ソビエト圏の数カ国で認可されているようだ。
2005年の報告ではロシアとウクライナ、カザフスタン、ベラルーシなど10カ国で使われていた。
ラトビア有機合成研究所の研究者たちは、身体能力の向上やトレーニングでダメージを受けた体の回復に効果があると報告している。1日2回の服用など具体的に提示もしている。
もちろん、メルドニウムは海外のオークションサイトで簡単に見つけられる。
効果のメカニズムをミクロな細胞レベルでみると、メルドニウムにはエネルギーをつくり出すシステムのバランスを変える作用がある。
体内に蓄えた脂肪を分解してエネルギーを取り出すとき、重要な役割を果たすL-カルニチンの合成やカルニチンの輸送の邪魔をしてこのシステムを抑える。
すると細胞は脂肪の分解ではなく、糖を分解してエネルギーを取り出すシステムに比重をおく。その結果、効率のよく糖を使ってエネルギーを生み出すと考えられている。
この影響がめぐりめぐって血液の循環も促すようになる。ちなみに、筋肉の細胞はもっぱら糖を分解するシステムでつくったエネルギーをもとに動いている。だからこそ、身体能力や回復力の向上も十分考えられる。
メルドニウムの効果は身体能力の向上にとどまらない。ネズミを使った研究だが、アルツハイマーやパーキンソン病の治療や記憶や学習など脳・神経系にも有効との報告もある。
これらの研究からドイツ体育大学ケルンのマリオ・テベス教授たちはメルドニウムにはアスリートの精神的なストレス低減や気分を安定させる作用があるのかもしれないと指摘している。
日本でもこれまでに信州大学や旭川医科大学、大鵬薬品で虚血性心不全の研究や心筋の機能を調べる基礎研究のためにメルドニウムを使っている。
ちなみにロシアの研究者はさらなる身体能力や回復力の向上のため、メルドニウムに別の2種類の薬を加えたカクテル「療法」を動物で試み、その研究結果が2015年に公表されている。一筋縄ではいかないドーピングの闇が、一瞬だけ顔をみせた瞬間だったのかもしれない。
メルドニウムの研究を牽引するのはラトビアの研究者たち。毎年、新たに発表される報告はほとんど彼らからのものだ。
メルドニウムが標的とするL-カルニチンは100年以上前にラトビアの科学者クリンバーグス。ドーピングなど関係なく、彼らは誇りをもってメルドニウムの研究を今後も進めるのだろう。
取材・文 山下 祐司
脳神経系への影響で<ネズミを使った研究だが>を加筆。(3.10 18:45)
【了】