オスが〝育児のう〟で卵を守る【タツノオトシゴの不思議02】
オスがお腹にある育児のうという袋で卵を育て、「出産」するタツノオトシゴ。その不思議な育児のうの形成に関わる遺伝子の謎に迫り、進化のプロセスを明らかにするための研究は続く。
スポンサーリンク進化の過程に大きく関わる、卵膜とふ化酵素の関係
研究成果の一部を紹介すると、卵をそのまま水中に産卵する卵生のカダヤシ目マミチョグと、同じカダヤシ目でも卵を体内で保護し、ふ化してからメスが出産する卵胎生のプラティの卵膜とふ化酵素を比較した。
するとマミチョグよりプラティの卵膜が薄く、プラティでは2つあるふ化酵素の遺伝子はどちらも壊れ、その機能を失っていた。カサゴ目で比較すると、卵生のオニカサゴより卵胎生のクロソイの卵膜が薄く、クロソイでも2つあるふ化酵素の遺伝子のうち1つが壊れていた。
このようにカダヤシ目とカサゴ目のように進化的に分かれていても、卵胎生で卵を保護する魚はどちらも卵膜がより薄くなり、ふ化酵素の遺伝子が壊れる傾向にあった。このことから卵膜とふ化酵素の遺伝子が密接に関わり、変化しながら一緒に進化してきたと考えられている。
育児のうをもつタツノオトシゴとイシヨウジ、トゲヨウジの卵膜とふ化酵素を調べるとおもしろい関係がみられた。
卵をお腹にくっつけて卵の一部がむき出しになっているイシヨウジやトゲヨウジに比べて、袋状の育児のうで卵を保護するタツノオトシゴの卵膜はより薄く、そしてふ化酵素の遺伝子の1つが壊れていた。
それに対し、イシヨウジやトゲヨウジではふ化酵素の遺伝子はどちらも壊れていなかったのだ。
このように川口助教たちの研究でカダヤシ目のプラティやカサゴ目のクロソイのようにメスが体内で卵を保護する卵胎生魚だけでなく、オスが袋状の育児のうの中で確実に卵を保護するタツノオトシゴの卵膜も薄くなり、ふ化酵素の役割は失われていることがわかってきた。
「卵胎生魚と育児のうを持つ魚では、卵の保護の仕方は異なりますが、どちらも卵膜による卵の保護の必要性が低くなり、卵膜が薄くなったのでしょう。
それに対応して卵膜を分解するふ化酵素も一部、もしくは全てがなくなったと考えられます」と川口助教は説明する。
タツノオトシゴが持つ独特な育児のうに注目し、その形成や機能に関わる遺伝子を調べるタツノオトシゴのユニークな研究は始まったばかり。
「タツノオトシゴの近縁種間で遺伝子を比較し、育児のうのかたちと機能の多様性をもたらす仕組みに迫りたい」と川口助教は抱負を語った。
取材・文 山下 祐司
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