【食べる科学実験】電気肉がおいしくなる理由がついに判明! 麻布大学・坂田亮一教授に訊く 最終回(全3回)

電気を流すと肉がおいしくなる、謎の現象“電気肉”。その謎を知る人物、麻布大学獣医学部・食品科学研究室の坂田亮一教授と接触、メカニズムを教えてもらった。

川口友万| Photo by tomokazu kawaguchi , Stephen Ausmus|シリーズ:食べる科学実験

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いらっしゃ~い、科学実験酒場へようこそ

電気肉03
放電中の鶏肉。実際には、こんな放電するような電圧はまったくカケラも必要ない。私が面白がって見せびらかすためにやっているだけの話だ【写真:川口友万】

 ざっくり言おう。死後、筋肉にはATPが残っている。死ぬと筋肉中の筋小胞体からカルシウムイオンが流れ出し、それに刺激されてATPをエネルギー源に筋肉が収縮する。

 生きていれば、カルシウムイオンは再び筋小胞体に吸収され、筋肉の収縮は終わるが、死んでいるとカルシウムイオンが吸収されない。そのため、ATPがなくなるまで収縮が続く。これが死後硬直の正体だ。

 ATPがすべて消費されると筋肉の収縮は終わるが、筋線維は固く結合したままだ。しかし時間が経つにつれて、筋肉内のタンパク質分解酵素によってタンパク質の分解が始まり、肉質は軟らかくなる。これが熟成だ。ATPは消費され、イノシン酸に変わる。

 イノシン酸はアミノ酸の一種で、鰹節などに含まれる強いうま味だ。タンパク質が分解するとアミノ酸に変わり、これもグルタミン酸などのうま味成分である。

 死後硬直が解除されるということは、ATPがうま味成分に変化したということであり、さらに筋肉の硬直も解けて、おいしく軟らかくなるということだ。

 坂田先生の研究は業務用であり、私の電気肉はスーパーの肉である。そんなに味が変わるのか? と先生も半信半疑。低温ではATPの消費が抑えられる。しかし時間とともに、徐々にATPは消費され続けるはずだ。果たして、冷蔵状態の鶏肉に味が変わるほどのATPが残っているのか?

 というわけで、坂田先生が店にお見えになった。

 「ここですか」

 ここです。すいません、廃墟だか店だかわからないような場所で。

 食品メーカーに勤務されている卒業生の方もお見えになったところで、電気肉。先生の研究されていた鶏の胸肉である。

 せっかくなので、キルリアンで放電した。

 「へえ~。1万5000ボルト? 周囲から放電するんだねえ」

 同じパックの胸肉と双方を焼いてワイン蒸し。基本のやり方である。食べ比べてもらった。

 「こっちが普通の肉だね。まあこういうものだな、うん」

 味が分かりやすいように、塩コショウだけです。焼き方はほぼ一緒です。こっちが電気を流した方ですね。

 口に入れた瞬間、んん? と坂田先生の顔つきが変わった。

電気肉03
電気肉を面白がる坂田先生。応用範囲が広そうだし、いろいろやってみましょう!【写真:川口友万】

 「やわらかい」

 でしょ! 

 「うーん、おいしくなってる」

 そうなんですよ!

 「うちでも再実験してみないといかんな、これは」

 おお!

 電気肉はプラセボでも超自然現象でも何でもなく、本当にある。そしてスーパーの肉さえもおいしくすることができる。肉に電気を通す、たったそれだけで不思議な味の変化が起きるのだ。

 謎がすべて解けたわけではない。屠殺直後の肉ならともかく、電気を流してもスーパーの鶏肉の筋肉は運動しない。であるのに、運動したら消費されるのが理屈のATPが、通電だけで消費されたのだ。つまり、電気が生化学反応を促進するってこと?

 電気肉を見せていて、私はしょっちゅう感電する。指の先から稲妻が飛ぶ。感電するとやたらに疲れる。それはATPが瞬時に消費されるからなのか? 

 ……もしかして、俺って美味?

 (そうか、俺は美味しくなってしまったのか)

 電気と生き物をめぐる冒険はまだまだ終わりそうにないのだ。

取材・文 川口 友万

【了】

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