【食べる科学実験】電気肉がおいしくなる理由がついに判明! 麻布大学・坂田亮一教授に訊く 最終回(全3回)
電気を流すと肉がおいしくなる、謎の現象“電気肉”。その謎を知る人物、麻布大学獣医学部・食品科学研究室の坂田亮一教授と接触、メカニズムを教えてもらった。
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ざっくり言おう。死後、筋肉にはATPが残っている。死ぬと筋肉中の筋小胞体からカルシウムイオンが流れ出し、それに刺激されてATPをエネルギー源に筋肉が収縮する。
生きていれば、カルシウムイオンは再び筋小胞体に吸収され、筋肉の収縮は終わるが、死んでいるとカルシウムイオンが吸収されない。そのため、ATPがなくなるまで収縮が続く。これが死後硬直の正体だ。
ATPがすべて消費されると筋肉の収縮は終わるが、筋線維は固く結合したままだ。しかし時間が経つにつれて、筋肉内のタンパク質分解酵素によってタンパク質の分解が始まり、肉質は軟らかくなる。これが熟成だ。ATPは消費され、イノシン酸に変わる。
イノシン酸はアミノ酸の一種で、鰹節などに含まれる強いうま味だ。タンパク質が分解するとアミノ酸に変わり、これもグルタミン酸などのうま味成分である。
死後硬直が解除されるということは、ATPがうま味成分に変化したということであり、さらに筋肉の硬直も解けて、おいしく軟らかくなるということだ。
坂田先生の研究は業務用であり、私の電気肉はスーパーの肉である。そんなに味が変わるのか? と先生も半信半疑。低温ではATPの消費が抑えられる。しかし時間とともに、徐々にATPは消費され続けるはずだ。果たして、冷蔵状態の鶏肉に味が変わるほどのATPが残っているのか?
というわけで、坂田先生が店にお見えになった。
「ここですか」
ここです。すいません、廃墟だか店だかわからないような場所で。
食品メーカーに勤務されている卒業生の方もお見えになったところで、電気肉。先生の研究されていた鶏の胸肉である。
せっかくなので、キルリアンで放電した。
「へえ~。1万5000ボルト? 周囲から放電するんだねえ」
同じパックの胸肉と双方を焼いてワイン蒸し。基本のやり方である。食べ比べてもらった。
「こっちが普通の肉だね。まあこういうものだな、うん」
味が分かりやすいように、塩コショウだけです。焼き方はほぼ一緒です。こっちが電気を流した方ですね。
口に入れた瞬間、んん? と坂田先生の顔つきが変わった。
「やわらかい」
でしょ!
「うーん、おいしくなってる」
そうなんですよ!
「うちでも再実験してみないといかんな、これは」
おお!
電気肉はプラセボでも超自然現象でも何でもなく、本当にある。そしてスーパーの肉さえもおいしくすることができる。肉に電気を通す、たったそれだけで不思議な味の変化が起きるのだ。
謎がすべて解けたわけではない。屠殺直後の肉ならともかく、電気を流してもスーパーの鶏肉の筋肉は運動しない。であるのに、運動したら消費されるのが理屈のATPが、通電だけで消費されたのだ。つまり、電気が生化学反応を促進するってこと?
電気肉を見せていて、私はしょっちゅう感電する。指の先から稲妻が飛ぶ。感電するとやたらに疲れる。それはATPが瞬時に消費されるからなのか?
……もしかして、俺って美味?
(そうか、俺は美味しくなってしまったのか)
電気と生き物をめぐる冒険はまだまだ終わりそうにないのだ。
取材・文 川口 友万
【了】