小保方晴子氏は未だ夢うつつ。手記『あの日』で繰り返される、自己弁護と的外れな若山氏批判

2014年、世間を騒がせたSTAP細胞“ねつ造”騒動。時を経て出版した手記『あの日』には、今もなお時を止めたままの小保方氏の姿があった。

山下祐司| Photo by Yuji yamashita,Getty Images

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「すり替えて実験できたのは若山氏だけ」

 『あの日』のなかのあるシーンでは、後に別の多様性をもつES細胞だったと判明する、ねつ造STAP細胞を作製したのは若山氏一人で、自分は完全にノータッチだと描写している個所がある。

『増殖も可能になったと報告された細胞培養に関しても、どうしても自分で確認したく、「培養を見せてください。手伝わせてください」と申し出たが、若山先生は「楽しいから」とおっしゃり一人で培養を続け、増えた状態になって初めて細胞を見せてくれた。

 若山先生によると「ES細胞の樹立も研究者の腕が重要だから、自分で行いたい」とのことだった』(『あの日』)

 若山氏が軽口をたたきながら、小保方氏をSTAP細胞の実験から遠ざけ、実験そのものを囲い込んでいるような印象を受ける場面だ。
 
 もし、このことが事実であり、ねつ造STAP細胞を作製したのが若山氏だったとしても、小保方氏の実験を他のだれかが「再現」できれば、全ては解決したのだ。

 そもそも論文とは、データを積み重ねて科学的に納得できる新しい発見を、再現性を確かめられる手段と共に知らせる方法だ。

 しかし、結局、2年経った今も誰も再現できていない。

 STAP細胞が存在するのか、共同研究者や小保方氏本人が実施したCDBの検証実験でも、論文で示された特徴を持つ細胞は見つからなかった。

小保方
取材陣の多さで世間の注目度がわかる【写真:Getty Images】

 それならまだ「まし」だった。

 苦労して詳細にDNAを解析すると、STAP細胞がES細胞だと判明した。 

 つまり、STAP細胞そのものがなかったのだ。

 多能性を持っていたES細胞を使って、データをねつ造しただけだった。

 そして、STAP細胞の存在が完全に否定された。

 小保方氏は、この分析に使われたSTAP細胞を、ES細胞にすり替えて実験できたのは若山氏だけだったと繰り返す。

 この考えは、小保方氏側から発表された資料にあるように、批判された当初から変わらない。

『現在あるSTAP幹細胞は、すべて若山先生が樹立されたものです。

 若山先生のご理解と異なる結果を得たことの原因が、どうしてか、私の作為的な行為によるもののように報道されていることは残念でなりません』

(4月9日の小保方晴子氏の記者会見に関する補充説明 2014年4月13日発表)

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